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農林水産業の偉人を教えろ!ゴルァ

1 ::01/11/21 07:11
二宮尊徳とボーローグぐらいしか知らないぞ、俺は。
歴史上にはもっともっと偉人がいるはずだ。
無知な俺に偉大な先人を教えてくれ。
記載例は >>2 だ。頼むぜ!
「大根作りの名人、うちのじいちゃん」なんてのはNGな。

2 ::01/11/21 07:13
二宮尊徳(金次郎)
江戸時代後期の農政家。
報徳仕法と呼ばれる農村改良策で荒廃した下野国桜町領を再興させた。
これを祖とする報徳社運動は幕末から戦前の農村の生産・生活改善に
大きな役割を果たした。
http://www2.justnet.ne.jp/~assoonas/UC96B.HTML
http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kanko/houtoku.htm

ノーマン・ボーローグ
米国の農学者。1960年代に小麦等の高収量品種種子を中心とした
新しい農業技術を開発し「緑の革命」を指導。
世界の食糧不足の改善に尽くしたとして1970年ノーベル平和賞受賞。
http://www.brl.ntt.co.jp/paclic14/Info/Stat/HTML/Fall/HTML/Harada/harada.html
ただ、次のページを読むと複雑な気持ちになる。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4176/daichi2.html

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 12:27
おもしろそうなスレなんで、
NHKから関係ありそうなものをいくつか挙げてみました。

プロジェクトX「うまいコメが食べたい」
〜コシヒカリ・ブランド米の伝説〜
http://www.nhk.or.jp/projectx/26/index.htm
長岡農試 杉谷文之ら

プロジェクトX「8ミリの悪魔 VS 特命班」
〜最強の敵・野菜が危ない〜
http://www.nhk.or.jp/projectx/73/index.htm
沖縄県農試 与儀嘉雄ら ウリミバエの根絶

その時歴史が動いた 『日本を救ったサツマイモ』
〜青木昆陽・飢きん救済に挑む〜
http://cgi2.nhk.or.jp/sonotoki/syoukai/s004.html

4 : :01/11/21 18:50
相場師として有名だった是川銀蔵。
コメの二毛作を自費を投げ打って成功させた。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 19:39
「農」を拓いた先人たち
http://www.afftis.or.jp/senjin/mokuji.htm

たっぷりあります。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 19:50
加藤登紀子さんの夫

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 20:21
>6
1-5までの先人と同列に扱うな。
末席以下だろうが。
学生運動家崩れが。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 20:28
>2
上記のノーマン・ボーローグの記述には、
完全に「稲塚権次郎」の名が見当たらないのは気になる。
そもそも緑の革命を担った小麦は、稲塚氏の開発した
「農林10号」がなければ、生み出されなかった。
日本ではほとんど無名だが、ボーローグ博士もそのことを
よくわかっていて、そのことを述べている。

9 :1@そうか、青木昆陽がいたか〜:01/11/22 00:22
おおっ、たくさんのレスありがとう!
>>3
NHKをあたるとは賢い。「人」よりは「ドラマ」優先になってるけど。
ウリミバエの話なんて映画「アウトブレイク」が霞むね。
検索してこんな資料も見つけた。 http://aec.jst.go.jp/jicst/NC/teirei/siryo2001/siryo35/siryo1_5.htm
それにしても新井白石がサツマイモ栽培反対勢力だったとは。
青木昆陽
享保の大飢饉から3年後の享保20年(1735)11月、試行錯誤の末、江戸で初めてのサツマイモ栽培に成功。
これを機にサツマイモは全国に広がり、人々を飢えから救う役割を果す。
 http://www.chiba-cci.or.jp/~yeg/eye/chiba_2.html
>>4
へー、是川銀蔵とは意外。検索でこんなのも見つけた。
 http://club.pep.ne.jp/~e.sasaki/kansou/30.htm
 戦後マッカーサーが、食料の生産力資源の分布からして、日本の適正人口は4千万人だ。
 日本復興の為には人口制限をやれ、と言っていたときに是川氏は人口が1億人になっても
 食料を自給できるようにと米の二期作に挑んだ。
 また私財を投じて養護施設の生徒のための福祉基金を設立した。
>>5
いや、これはまたたっぷり。感謝。3のコシヒカリ物語や8の稲塚の話もあるね。
>>6
NG1号ということで。

10 :ん?:01/11/22 02:36
>>4
二毛作?二期作?

11 : :01/11/22 16:36
水産界は沖縄出身の宮城新昌氏だろ??

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/22 19:53
小泉構造改革大反対の旗手で猪瀬直樹の天敵の農水族議員

松岡利勝

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/22 22:57
小野 義真
岩崎 彌之助
井上 勝



14 ::01/11/23 07:51
記載例は >>2 だって書いてあるだろ、ゴルァ!
せめてリンクくらい貼っとけ。

>>11
初の水産業の偉人、と思ったが、業績がよく分からん。
「日本のカキ王」?
>>12
NG2号
>>13
小岩井農場か。でも三菱財閥が後ろ盾では個人の影が薄いぞ。
http://www.koiwai.co.jp/guide/rekishi.html

偉人の業績は、人々に感動を与え、その分野への関心を高める。
偉人を知り、産業の歴史を知り、感動を分かち合うのだ。
さあ、教えろ、ゴルァ!

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/23 11:08
古在由直
官憲と財閥からの圧力に抗して足尾銅山と農作物被害の因果関係
を究明して農民を救った。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/23 11:18
http://www.sex-jp.net/dh/01/

17 :1@ありがとう15:01/11/24 11:02
>>15
くそぅ、俺はこんな人物に弱いぜ。偉人というより恩人って感じだ。
http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/koho/sogoto/history/rekisi/kozai.htm
 足尾銅山鉱毒調査では銅汚染を実証し、世論を喚起しました。また日露戦争時は
 非常時農業対策に参画するなど、さまざまな功績をあげています。大正9年東京帝大総長
http://www.nazuna.com/100sai/20th-5.html
 公害は明白であった。農民の窮状を訴える激しい運動があり、田中正造の献身的活動があり、
 古在由直などの勇気ある科学的支援があった。
奥さんも凄い人だった様子。 http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/konohi/onna/1011.htm

18 :15:01/11/24 12:23
私もこういう話に弱くて。
今年ようやく水俣病の発生メカニズム(なぜ、昔から世界中に同じよ
うな工場があったのにあの時期に、あの場所で水俣病が発生したか)
をようやく解明した人がいて、本(「水俣病の科学」を読んで感激した
のでおすすめします。

新聞の紹介記事(伊東光晴)
「本書は我々に何を教えるか。問題が起ったとき、直ちに工場内プロ
セスを公表・公開し、徹底検証する必要性であり、生産の科学から環境
の科学への転換である。西村氏は東大定年後、全力をこの研究に注入し
たが、助教授時代には公害研究の中止を迫られている。この状況には、
義憤を感じざるをえない。」
http://www.mainichi.co.jp/life/dokusho/2001/0722/05.html

中西準子氏の論評
「所謂水俣病研究者は、この本についてだんまりを決め込んでいるという。
旧環境庁は、20年か30年、毎年水俣病調査費として予算をとり、水俣病
研究者に配布してきたが、水俣病の機構解明の研究はほとんど行われなかった
という話だ。」
http://www.kan.ynu.ac.jp/~nakanisi/zak151_155.html#zakkan152

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/25 19:01
横井時敬 

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/25 21:28
吉田善哉

21 ::01/11/26 07:54
そうか、分かった。
どうしても自分で調べろっていうんだな。上等。

横井時敬
明治農学の第一人者であり我が国農学界の大先覚者。
福岡県勧業試験場長を経て東京帝国大学教授などの要職を歴任、東京農業大学の創立者でもある。
有名な「農学興って農業亡ぶ」は彼の名句である。「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」
など、実学を重視する多数の言葉は今なお東京農大の教育の根底に息づいている。
http://www.afftis.or.jp/senjin/en.htm 科学農法の先駆け。塩水選を開発。
                        ( >>5のリンクのトップで紹介)
吉田善哉
社台ファーム?競馬牧場王?
保留。

22 :よふかしもの:01/11/27 01:16
青木昆陽さん。
昆陽神社は、同じ花見川区にあります。立体交差の工事とかで大変。

アフガンにはサツマイモって無理ですか?
もし、サツマイモ栽培を日本が指導して上手く行ったら、誇れる偉業
だよなあと思います。

23 :よふかしもの:01/11/27 01:18
追加です。
小学校のころ、千葉の歴史って感じで、印旛沼の干拓のことを
学びました。指導者の人の名前は忘れちゃった。。。
でも、印旛沼の干拓って、結果的にはどうなのでしょう。。。

24 :こいつ!:01/11/27 03:10
http://www.townpaage.ne.jp/adult/rankem.cgi?id=mayonaka

25 :1@21の続き:01/11/27 06:31
吉田善哉
北海道開拓とか牧場とかのタームは気になるが、
やはり競馬界の巨人であって、農業界の偉人ではなかろう。
このスレではNGとさせてもらう。

>>23
有名な田沼意次の他何回も改良が試みられるが失敗・中止の連続で、
戦後の国営事業でようやく成功。って検索一発だぞゴルァ!
 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonege/inba/05hstr/hstr04.htm

26 :1@初志貫徹:01/11/27 07:05
うーん、意外に集まらねー。
農林水産業はどうしても活動範囲が面的に限られるから、「郷土の偉人」はあまたいても
「全国の偉人」となると少ないのか。特に研究機関に属しない実農林水産業者は。
googleで検索してみても、県レベルでまとまったものさえ少ないぞ。例えば、
「偉人 開墾」(農業土木)でヒットしたものの例が
 http://www.pref.toyama.jp/sections/1602/ijin2.htm 富山県 (・∀・)イイ!
「偉人 林業」だと
 http://webclub.kcom.ne.jp/ma/yamasho/protect-forest.htm 都道府県別 労作
「偉人 漁業」だと、
 いいのが無い (;´Д`)
 高田屋嘉兵衛(www.hakodate.ne.jp/fumoto/takadaya.html)は・・・商人だ。
ううーむ、前途多難かも。

しかーし、それでも、このスレではあくまでも全国レベルの、知識の共有に相応しい
偉人を探すぞ!
教えろ、ゴルァ!

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/27 17:11
大蔵永常 農具便利論

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/27 19:14
>>25

競馬界の競走馬生産は、農業界に含まれるのではないですかい?
http://www.lin.go.jp/maff/maff.htm

先週のJC見た?
勝ったのは吉田氏の息子が輸入した種馬の仔だよ。

20年前には外国馬に全く歯が立たなかったのに

近年JCで日本馬が上位を独占するようになったのは、
吉田氏やその息子達の努力の賜物だよ。

29 ::01/11/28 23:14
>>28
JCって何?
というくらい競馬に無知な俺に期待するな、ゴルァ!
農業の偉人(「農林省所管事業上の偉人」とは少し違うと思う)だというなら
おまえが簡潔に紹介しろ、ゴルァ! (オネガイシマス
1としての見解は25のとおり。
この人のおかげで広く農業者が助けられたという感じがしないので。

>>27
大蔵永常(1768〜 ? )
江戸時代三大農学者(宮崎安貞、大蔵永常、佐藤信淵)の一人。
少年の頃日田の生蝋問屋の丁稚となり以後薩摩で精糖技術を習得、九州各地から
近畿、 中国、北陸、東海、関東を放歴。江戸に出て著述に携わり、幕府要職に就いた。
各地を転々としながら実地について技術を習得し、見聞に努めて、画期的な
農家経済の進路を示した。そして著述によってことごとくその説を普及せしめた。
農家経済を堅実にし、その向上を促す為に、貨幣収入の増加を図るのを建て前とした。
従来の自給的主穀農業に対して、別に、原料的特用作物の栽培と更に製造加工の術を
おこし、新たな農業の方向を示した。
異彩を放つ著書は「農具便利論」であり、集大成は「広益国産考」である。
 http://iris.hita.net/~city/his/nagasue.htm
 http://www.e-obs.com/top/heo/heodata/n99.htm

30 ::01/11/28 23:19
ついでに、江戸時代三大農学者(宮崎安貞、大蔵永常、佐藤信淵)を芋づるに

宮崎安貞(1623〜1897)
安芸藩士二男。25歳の時山林奉行として仕える。まもなく辞職し、諸国を巡歴して
農業技術を学んだ。その後女原村に住み、農業の実践・研究・指導に専念した。
宮崎開などの新田開発も指導しながら、日本初の体系的な農業技術書「農業全書」を
完成させた。この著書は質・量ともに近世農書の白眉であり、以降、明治に至る
200年間にたびたび刊行され、日本の農業に大きな影響を与えた。
 http://bunkazai.city.fukuoka.jp/hist/hist_2/term_136.htm
 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/101edonousyo1.html

佐藤信淵(1769〜1850)
出羽国生。佐藤家は代々鉱山農業の学問を研究。16歳のとき父に死別して江戸に出、
蘭学、儒学、天文地理暦算測量を学ぶ。諸方を遍歴して見聞を広め、諸藩に出入りして
説を講じる。国学の古道説に西洋天文学を交えた宇宙論を哲学的基礎として、
農政経済論を説き、空想的な社会改革論(絶対国家思想)を展開した。
「経済要録」「農政本論」…産業の国営化(生産物の国家専売制)と貿易の振興を説く。
ユートピアを目指し、印旛沼をはじめ内洋全ての干拓、生産性の向上を求めた。(;´Д`)
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~MARUYAMA/tokugawa/nobuhiro.htm
 http://homepage1.nifty.com/keimurata/mm/b/03/mm100.htm

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/02 19:22
>>29
そうか。競走馬生産は認められないか。じゃ俺もあきらめよう。

ちなみにJCはジャパンカップ。外国馬が参加する日本NO.1、世界第2位の高賞金レース。



かわりに漁業界から和井内貞行をあげとこう。

http://www.michinoku-yume.net/myn/db/db01-m003-t018.php3

詳しくは知らないが、厨房の頃の国語か道徳の教科書に使われてたぞ。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/03 00:15
とりあえず農業土木分野の偉人として、熊本県から布田保之助をあげておきます

江戸時代に完成、現在でも農業用水を送り続けている「通潤橋(国指定重要文化財)」
を作った方です。

http://www.nico2.co.jp/bridgeday/kumamoto/tuujyunkyo.html
http://www.edu-c.pref.kumamoto.jp/jhs/yabejhs/hom3.htm

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/04 20:58
お前ら・・・にとべいなぞう

34 :1@感謝:01/12/05 06:50
>31-33
いろいろあってレスが付けられん。後日ということで許せ。

35 :login:Penguin:01/12/05 19:42
テッド・ウエイト GATEWAYの創業者 酪農家の息子である彼は友人と数人ではじめた
自作パソコンが大ヒットしアメリカ有数のパソコン会社にまで成長。
会長を引退後、他人が経営しているときに狂牛病の風評被害は牛をトレードマーク
とするGatewayにまで及び海外事業を撤退。 非常に残念。
経営再建の為再びCEOに復帰して活躍中。酪農家の夢を現実にした男だね。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/05 20:13
先端が三本に分かれているクワは明治時代に当時東京工業大学の前進を
卒業したひいじいさんが発明した特許品です。あのクワは農業に革命を
もたらしたけど、借金のかたで特許は他人の手に渡った。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 15:24
山中貞則
江藤隆美
武部勤
みんな政治家の大先生。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 19:39
鈴木善幸

39 :1@復帰〜!:01/12/12 03:35
さっそくだが訂正だ。(泣
>>30で 宮崎安貞が(1623〜1897) になってる・・・。
リンクの資料が違ってたとはいえ不覚。1623〜1697 が正しい。

>>31
「郷土の偉人」と思うが、さすが教科書に載るだけある。不屈、壮烈。

俺も水産なら遠洋開拓とか養殖開発に偉人が、と思って探したら
関沢明清
我が国水産増養殖の先駆者。水産伝習所(東京水産大学の前身)初代所長。
明治9年、アメリカから編網機械とともにサケ、マス類の人工孵化技術を持ち帰る。
 http://www2.justnet.ne.jp/~kenjim/nijimasu.htm

>>32
見事なものだ。>>26の富山県の椎名道三とか、各地にこういう業績を残した人が
いるのだろうが、重機のない時代に皆すごいと思う。
石工の人が後に明治政府に仕えて日本橋etc.を架けているというのも面白い。

40 ::01/12/12 03:44
>>33
すまん。教育者、国際人としての新渡戸しか知らなかった。
新渡戸稲造(1862-1933)
札幌農学校でクラーク博士に学び、同校等の教授歴任、日本最初の農業博士。
主著「農業本論」(と「武士道」)
台湾総督府に招かれ台湾製糖業の近代化に成功という業績もある。
 http://www.nitobe.com/
 http://www2.ocn.ne.jp/~hokudaic/nitobe.htm
>>35
ふいをつかれた、がNG。
農林水産業上の偉人を探してるんで、農業出身の偉人を探してるんじゃねえ。
>>36
いいんだけど、名前が出ないんじゃな。
そういえばうちの親が「牛や馬に引かせるスキができた時は一大革命だったろうな」とも話してたな。
(参考)http://www4.justnet.ne.jp/~kozai/nousan/nougu/nougu.htm
>>37-38
NG。37は永田町か霞ヶ関近辺の住人か?
 山中貞則 中央畜産会会長、全国肉用牛協会会長、全国肉用子牛価格安定基金協会会長
 江藤隆美 自民党総合農政調査会最高顧問
 武部  勤 農林水産大臣
 鈴木善幸 全漁連最高顧問、大日本水産会名誉会長

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 00:27
>39

31に引き続き「郷土の偉人」レベルで恐縮ですが、熊本にはもう一人有名人が
いますのでご紹介します。一応sageね

「昭和の農聖」「百姓の神様」と敬われた松田喜一(まつだ・きいち)。
喜一は、彼を慕い全国から集まってきた農村青年たちに、徹底した実践主義のもと、
松田農法と農業に立ち向かう上での精神「農魂」をたたき込んでいった。
その技術的、精神的修養の“道場”が、昭和三(一九二八)年に八代市昭和日進町
に移転・開設された日本農友会実習所、いわゆる「松田農場」だ。
 その松田農場は、九州自動車八代インターから西へ約十二キロ。イ草の水田や
ガラス温室が連なる干拓地の一角を占めていた。

ttp://www.kumanichi.co.jp/20hito/20hito.990629.html

42 :1@久々age:01/12/22 09:16
>41 遅ればせながらサンクス。そちらの文を見て「農聖」での検索を思いついた。
・・・いるわいるわ、とりあえず、東の石川理紀之助、西の松田喜一という感じ。
その他、既出の二宮尊徳、宮崎安貞、そして下記の人々。農聖と敬われるまでの生涯と功績を残した人々、そして時代。

依田勉三(1853-1925) 北海道
 十勝開拓の先人、明治16年入植した晩成社代表。十勝地方の産業の創始、東北海道繁栄の礎石を置いた。
 http://www1.ocn.ne.jp/~iroribe/ryakureki2.htm
石川理紀之助(1845〜1915) 秋田県
 「老農」「農聖」とも呼ばれる。農業の発展のために小作農問題・農村復興に取り組んだ。
 http://www.shirakami.or.jp/~yoshi218/toss/rikinosuke1.html
 なお、森川源三郎(http://www.edu.city.akita.akita.jp/~kkt-s/kousyoukouka.htm
 斎藤宇一郎(http://www.city.akita.akita.jp/city/ag/koukan/ijin.htm)で先覚者三大人だって。
竹中太郎(?) 岐阜県
 (詳細募集中) http://www.smile.pref.gifu.jp/library/z_67.htm
小西篤好(1767-1837) 大阪府茨木市
 実践的な農業の研究育成を行い、その研究成果をまとめた『農業余話』を刊行。
 また庄屋として村人をよく指導。
 http://www2.opas.gr.jp/ibaraki/57/216/216e/s2174.htm
陶山訥庵(江戸時代) 対馬
 増えすぎて島民を困らす猪8万頭を退治した (;´Д`)
 http://isweb26.infoseek.co.jp/area/mayumibb/himitu.htm
松田喜一(1887-1968) 熊本県
 >>41

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/22 09:20
日本の小作農にとって、
マッカーサーは神にも匹敵する偉人だろう。
地主から農地を取り上げて、小作人に土地を与えたのだから。
ただ、そのため日本は農業後進国になってしまた。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/22 16:27
飼い犬だけ以上に有名な上野英三郎先生は、どうよ?
http://www.jsidre.or.jp/

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/23 00:33
>43
すいません、マッカーサーは地主や庄屋階級の農民にとって見れば
サタンそのものなんですけど
土地かえせやゴルァ!!

てゆーか、経営感覚の乏しい小作農にまであまねく土地を分配したもんだから
もともと優秀な農民が少数派になって駆逐されたのよね
しかもこの連中が徒党くんで圧力団体になってしまうし・・

46 :1@まだ続くぞゴルァ!:02/01/11 06:51
明けましておめでとうございます。
旧年中のご厚情に感謝申しあげます。

よし、あいさつ終わりっ。
>>43,>>45
どっちにしても評価してないんじゃない。(w
まあ主眼が農業の振興じゃなく、不在地主の追放(民主化推進)・旧体制解体の政策だったし、NGね。
>>44
ここは農業土木こぼれ話のスレじゃねえ。
とはいっても冒頭にハチ公というそのリンクページのセンスは好きだ。

政治家はNGで切ってきたけど、郷土の偉人として次のような人ならとも思う。
野中兼山(1615-1663) 土佐藩執政。
 藩財政確立に尽力。その事業は河川に堰を築き、用水路を開き新田を開拓したり、港を改修し
 漁業の発展を促すなど、多方面、全県下に及んでいる。
 http://www.city.kochi.kochi.jp/info/ijin/senkaku.htm

ついでに「土佐の果樹の偉人」
 http://www.nogyo.tosa.net-kochi.gr.jp/saibai/kaju/%82%A2%90l/%88%CC%90l%83C%83%93%83f%83b%83N%83X.htm
 名前と1行紹介のみ。土佐ブンタンとかユズ日本一とか近代の6人。

47 :1@見つけたぞゴルァ!:02/01/11 07:00
「近代茶業の3偉人」 http://www.mate.pref.mie.jp/marc/cha/izin.htm
 大谷嘉兵衛(1844-1933 三重県)
  わが国茶業界の元老 日本人による輸出茶の実現・振興
 杉山彦三郎(1857-1941 静岡県)
  やぶきたの父 http://www.afftis.or.jp/senjin/yabu.htm (>>5から再掲)
 高林謙三(1832-1901 埼玉県)
  製茶機械の発明者 生葉蒸器械、茶葉荒揉機など
この板には茶業スレッドもあるし、これは全国レベルの偉人で文句なしだろう。

48 ::02/01/13 08:46
農林板の人気(厨房)ネタ、農協関連から一人見つけたぞ。
大原幽学(1797-1858)
天保、嘉永、安政にかけての混乱した世相の中、房総の各地をはじめ信州上田などで、
農民の教化と農村改革運動を指導。世界初の農協である先祖株組合の設立、ほ場整備
等による農業指導を行った。最期は自決に追い込まれる。映画「天保水滸伝」となる。
http://www.chibanet.or.jp/web/eriko/oy0.htm
現代の農協はロッジデールなどのヨーロッパ型協同組合が原型らしいけど。

49 :1@雪印食品ゴルァ!:02/01/28 04:42
崩れ行く雪印。しかし創業者は、北海道酪農の開拓者たちは、まぎれもなく偉人であった。

宇都宮仙太郎(1866-1940)日本酪農の父。
 アメリカでの研修・勉学、近代的牧場の建設、ホルスタイン種の輸入などにより
 わが国の酪農の基礎をつくる。酪農家の組織化にも尽くし日本初の酪農組合の結成、
 酪連の発展の原動力となる。この酪連こそが北海道興農会社、戦後の雪印乳業の母体である。
 http://www.hokkaido.mmd.ntt-east.co.jp/tokusyu/bakumatu/233-1876.html
 http://www.net-ir.ne.jp/ir_maga/vol_32/i_snow.html
黒沢酉蔵(1885-1982)
 創業の中心メンバーの1人。酪連の会長となり、「雪印」を全国ブランドにする。
 その傍ら昭和8年に北海道酪農義塾(酪農学園)を創設。その後、北海道興農公社の初代社長となる。
 足尾銅山の鉱毒被害者の救済に田中正造とともに没頭し、入獄を繰り返した経歴を持ち、
 「健土健民」の理念は正造から受け継いだものだと言う。
 http://www.across.or.jp/s-amano/ippin/yuuki/siryositu/torizo/torizo.html
 http://www.net-ir.ne.jp/ir_maga/vol_32/i_snow.html

〜仙太郎は青年・酉蔵を雇い入れることに決めた。
 「牛飼いには、三つの徳がある。役人に頭を下げなくてもよい。牛には嘘をつかなくてもよい。
 そのうえ、牛乳は人を健康にする」と説いた。酉蔵は深くうなずいた。〜
この「牛飼い三徳」の話を知ったのが雪印事件を伝える記事の中とは・・・

50 ::02/01/28 07:42
エドウィン・ダン(1848-1931)
 明治6年から明治15年まで北海道に滞在し、去勢術等多くの新技術を教えるとともに
 真駒内牧場の建設、酪農加工技術指導など酪農事業の開発に尽くした。
 http://www.hokkaido.mmd.ntt-east.co.jp/tokusyu/bakumatu/233-1875.html
佐藤 貢(1898-1999)
 北海道酪農界の指導者の一人だった佐藤善七の長男。北大農学実科、米国留学などで学ぶ。
 宇都宮仙太郎・黒沢酉蔵・佐藤善七らが中心となり「北海道製酪販売組合」が設立されると、
 技師として迎えられ技術面のすべてを任された。佐藤の手により雪印バターは国際的な評価を得る。
 酪連、興農公社の専務、雪印乳業の社長を務める。101歳で死去。
 http://www.hokkaido.mmd.ntt-east.co.jp/tokusyu/bakumatu/233-1877.html 

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/28 09:40
横井時敬

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/12 00:24
「農業協同組合の歴史」
 http://www.ja-niigata.or.jp/info/history/history.html
「全中ホームページ」
 http://www.zenchu-ja.org/

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/12 00:36
もうないの? 偉人伝

54 ::02/03/13 06:33
私は完全にネタ切れです。ハイ。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/13 10:40
>>54

肥料とかさ農耕具とかもあるじゃない
俺も調べてみるよ

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/18 01:11
松岡勝利(1945〜 )

鳥取大学農学部卒
鈴木宗男軍団筆頭で農水族・道路族の利権派代表、抵抗勢力の最右翼
国民の利益よりも自らの権益の拡大に直走る
「変なやつがシャシャリ出ていて不愉快」とテレビ出演で同席した猪瀬氏を愚弄するなど、
マスコミで懲りずに繰り返すイタイ発言は国民の失笑をかっている
一部の農民の間ではカルト的支持か

http://home.jcnet.co.jp/matsuoka/


57 :1@つまらんギャグはやめてくれ:02/03/18 03:12
>>56  >>12-14 でNG済み。 ついでに 
>>51  >>21 で紹介済み。 

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/18 09:37
山下惣一はダメ?

59 :松岡:02/03/18 21:05
どうして、俺がNGなんだ、ゴルァ

世間の顰蹙を買おうが、下品といわれようが、日本の財政が
破綻しようが、農民だけを守ってやっているんだぞ

60 :1:02/03/21 00:00
>>59

先生、大変申し訳ございませんでした
偉人No1に認定させていただきます

これからも、日本の財政がどうなろうとも
われわれ農民のために、下品パワーを
炸裂してくださいませ


61 :seiji♪:02/03/21 03:37
この人が農林省で一番の偉人間違い無し。

http://chatdrive.com/diary/seiji/

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/27 07:54
age

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/05/03 19:36
sage

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/06/01 17:55
たまに役に立つスレhozen

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/08/27 06:14
この板としては超優良スレじゃない? hoshu.

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/09/04 07:41
プロジェクトX 第96回 9月10日放送予定(9:15〜9:58)
「赤いメロン 北の大地の20年戦争」

 北海道夕張市。農協の耐火金庫に、大切に保管されているものがある。
メロンの種である。品種名「夕張キング」。美しいネット、甘く香り高い、
赤い果肉。夕張のメロンは、今や高級ブランドの代名詞である。その誕生
の裏には、地域の生き残りをかけた農家の壮絶な格闘があった。
 昭和25年、夕張は燃えていた。朝鮮戦争の特需をうけ、第2次石炭
ブームに沸いていた。人口10万人、町には人があふれ、豊かな町の中心
部は、夜でも明かりが消えることはなかった。
一方、中心街から10キロ離れた沼ノ沢地区。農家は貧しさの極致にあった。
周囲を夕張山系に囲まれた盆地で、寒暖の差が激しい。さらにやせた火山灰
の土。穫れる作物は、長いも、アスパラとわずかな夏野菜だけだった。
 このままでは夕張の農家は全滅する。その時、農業改良普及員の杉目直行
が言った。「メロンはどうか」。夕張でわずかに生産されていたスパイシー・
カンタローブ。香りがよく、赤肉が特徴のメロンだった。しかし甘みがなく、
砂糖をかけて食べなければならない代物だった。「これを改良して、新たな
品種を作れないか」昭和35年、17戸の農家が立ち上がった。
 農家の豊田祐一たちは、交配するための種子を求め、全国を飛び回った。
他のメロン産地の農家に土下座して、やっと手に入れた別品種と交配。しかし、
栽培は困難を極めた。季節はずれの大雪に、突風。ビニルハウスを壊した。
温度管理を間違うと、たちまち枯れた。農家はハウスに寝泊まりし、苗を見守り続けた。
 昭和45年、やっと育て上げたメロンを東京市場に出荷。しかし重大な問題があった。
赤肉のメロンに、市場関係者は言い放った。「こんなカボチャメロンは売れない」。
さらにメロンは、日持ちしなかった。東京に着いたコンテナから出されたメロンは
、腐っていた。トラック、鉄道、空輸。あの手この手の輸送作戦を試みた。そして
昭和54年、産地直送システムを確立。夕張のメロンは全国の家庭で味わえるようになった。
 徹底した品質管理と「産地直送」の先駆けとなった農業技術。地域の存亡をかけて
メロン作りに執念を燃やした農民たちのプロジェクトを描く。



67 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/10/13 20:21
fukuoka masanobu →Googleで3000HIT
masanobu fukuoka、だと2970HIT
ちなみに、sontoku ninomiya はわずか300弱。

福岡 正信
自然農法の提唱者。その筋の連中には、かなりの有名人。
国内よりも、海外でのほうが、有名かも。

68 :他からパックン:02/10/14 00:22
なかなかおもしろいことやってるみたいよ。お国さんも。
【議論の前提知識】
行政の取組
http://www.maff.go.jp/soshiki/keiei/box/ichiran.html

(参考)
意見はこっちだってさー!
http://www.maff.go.jp/soshiki/keiei/box/teigen.htm

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/10/23 22:09
御木本幸吉翁。

70 :山崎渉:03/01/11 18:07
(^^)

71 :山崎渉:03/01/18 01:28
(^^;

72 :ハーレイ・ジョエル・オスメント:03/01/24 15:48
(*‘ー‘)<合戦場で、たまっているものを処理するとして

http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1037136066/l50

ttp://abero.tripod.co.jp/jpg/swim49.jpg
ttp://www.sanspo.com/swallows/top/swa200212/image/02121901igarashiNK152C18.jpg
ttp://kids.giants.jp/giants_news/giants_news/newsimages/20021205.jpg
ttp://gd.st62.arena.ne.jp/img/jobe76.jpg
ttp://www.teenmusclevideo.com/images/Marcel/Dsc02009.jpg
ttp://www.exbold.net/sample_video/02-bb.asx
ttp://www.home-tv.co.jp/carp/don/asx/20713.asx

73 :ハーレイ・ジョエル・オスメント:03/01/24 16:00
(*‘ー‘)<合戦場で、たまっているものを処理するとして

前スレhttp://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1037136066/l50

ttp://abero.tripod.co.jp/jpg/swim49.jpg
ttp://www.sanspo.com/swallows/top/swa200212/image/02121901igarashiNK152C18.jpg
ttp://kids.giants.jp/giants_news/giants_news/newsimages/20021205.jpg
ttp://gd.st62.arena.ne.jp/img/jobe76.jpg
ttp://www.teenmusclevideo.com/images/Marcel/Dsc02009.jpg
ttp://www.exbold.net/sample_video/02-bb.asx
ttp://www.home-tv.co.jp/carp/don/asx/20713.asx

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/01/23 20:22
男同士でセックスとアニメキャラでオナニーなら、どっちにする?弐

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/05 11:34
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030204-00000002-mai-l43
[熊本・ひと探訪]昭和の農聖・松田喜一 昭和村 /熊本

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030128-00000001-mai-l43
[熊本・ひと探訪]昭和の農聖・松田喜一 農民道場開設 /熊本

しばらくしたら消えてしまうので、ローカル保存を強く推奨します

76 :山崎渉:03/03/13 14:04
(^^)

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/09 08:47
>>75
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030408-00000002-mai-l43

松田シリーズの最終回、ページ保存はお忘れなく

78 :bloom:03/04/09 09:05
http://www2.leverage.jp/start/

79 :あぼーん:03/04/09 09:11
あぼーん

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/15 15:24
ご融資で生活応援致します

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81 :山崎渉:03/04/17 08:39
(^^)

82 :山崎渉:03/04/20 04:04
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/27 02:03
http://webclub.kcom.ne.jp/ma/yamasho/
( ̄ー ̄)ニヤリッ

84 :藤永元作:03/05/09 02:50
http://www.yamaguchibank.co.jp/T201/furusato/vol25/furu2-2.htm

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/09 17:02
お役に立てれば。
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86 :山崎渉:03/05/28 14:31
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

87 :山崎 渉:03/07/12 12:22

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

88 :山崎 渉:03/07/15 13:02

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

89 :ぼるじょあ ◆ySd1dMH5Gk :03/08/02 03:09
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ

90 :山崎 渉:03/08/15 18:23
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/04 10:20
「悲願のリンゴ 伝説の職人 津軽に立つ」
「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」
NHK総合テレビ 11/4 21:15〜21:58

世界中から食品の輸入が相次ぎ食糧自給率の低下が続く日本。そのなかで、
他を寄せ付けないメイド・イン・ジャパンの農産物がある。
リンゴ「ふじ」。生産量世界一を誇る世界ブランドである。
しかし、その育成の陰には、リンゴ王国・青森の存亡を賭けた農家の人々の
壮絶な戦いがあった。

昭和30年、青森県の農林省園芸試験所東北支場でとてつもなく甘いリンゴが
度重なる品種交配の末、開発された。
「東北7号」のちに「ふじ」と名付けられる品種だった。バナナなどリンゴより糖度
の高い輸入農産物の自由化が噂される中、青森のリンゴ農家の将来を託した
リンゴだった。

しかし、「ふじ」は色づきが悪く、すぐに果実が割れる欠点を持っていた。しかも
栽培するには現在のリンゴの枝を切り落とし、そこに新たな品種の枝を付け替
える「高接ぎ」をする必要があった。しかし当時、枝を高接ぎすると、そこからウ
イルスが発生しリンゴの大木を枯れさせる謎の病が広がり、農家は誰もが新品
種の栽培に二の足を踏んでいた。

その時、一人の農家が協力を申し出る。リンゴ作りの名人と言われた農家の
斉藤昌美だった。「新品種開発以外に青森のリンゴ産業が生き残る道はない」
と斉藤は背水の陣で「ふじ」の欠陥克服に挑み始める。
しかし、ふじを接いだ斎藤のリンゴの木にあの病「高接ぎ病」が大発生。リンゴの
大木が次々に腐り始める。
そして、昭和38年、バナナが輸入自由化され、さらに昭和43年、リンゴの価格が
大暴落。ついに、大量のリンゴが山や川に捨てられる空前の「山川市場」が発生。
国産リンゴ壊滅の危機が迫る。

数々の困難を克服し、世界を制した果物「ふじ」を育てた青森の農家のドラマを描く。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/27 18:39
 大津祐男氏

 大津式一挙更新法

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