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【差別】の【本質】を考える

1 :差別懐疑派 :04/05/18 10:19

世には差別批判のスレが乱立してる。
本当に、こんなに沢山差別が世に存在するのか。
日本の国家はそんな抜け穴だらけの法を作ったのか。
差別とは何をもって差別というのか。
今一度考えてみよう。


2 :差別懐疑派 :04/05/18 10:19
さべつ 1 【差別】
(名)スル


(1)ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。
「いづれを択ぶとも、さしたる―なし/十和田湖(桂月)」


(2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また、その扱い。
「人種―」「―待遇」


3 :差別懐疑派 :04/05/18 10:21
3.差別と区別
 「非人為的差異・区別 difference」言いかえると、自然的・客観的な差異を取り除くことは不可能であるし、その必要もない。
全てを平等にという主張は、全ての個性の否定である。
 似非人権派=人権屋さんたちによると「他と異なる取り扱いがされれば則ち差別である。
どんな人も同じ結果が得られるが平等だ」そうである。
とんでもなく無理な考え方であるといわなければならない。
これでは現実にある差異を無視して扱いを歪めることになる。
「野球の下手なプロ野球選手」とか「力の弱い力士」とか「足の遅い陸上選手」を作れというようなものである。
歪めない取り扱いは言うまでもなく「野球の上手なプロ野球選手」とか「力の強い力士」とか「足の速い陸上選手」を作ることである。
 人間は本来、平等な能力を持ち合わせてはいない、その差異こそが個性であり才能である。
その個性や才能を自由に伸ばすことが出来る世の中こそ公平な世の中であるというのが西欧型自由民主主義の基本的な理念である。
 さて、現実の世界では様々な要因で差異が存在し異なった取り扱いがなされている
人間ひとりひとりが異なるものをもっているという条件の下で、皆が納得できるような扱いをすることによって平等を実現するという「相対的平等」の考え方によるものである。
税金の例で言えば、1000万円の所得があるものと200万円しか所得がない人も一律10万円の税金をとるのは「相対的に」平等ではないのである。
憲法学でいうところの合理的差別とはこのようなものであり、世間に受け入れられる根拠をもつ考え方である。
 いまはなき朝日ジャーナルの『差別・その根源を問う』という対談で、安岡章太郎が、「人間から差別をなくすことが理想だとは思えない。それよりも差別をどのような方向へ持っていくかということの方が問題じゃないか」と言っていたことが示唆的である。
筆者は不合理な差別をなくせば合理的差別が増え、合理的差別が減れば不合理な差別が増加するのではないかという仮説をもっている。


4 :差別懐疑派 :04/05/18 10:22
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平等という言葉がまた問題になりますが、
日本国憲法14条で法の下の平等、人種、信条、性別、社会的身分、または門地により政治的、経済的、社会的関係において差別されないことを書いています。
しかし、差別されないとは具体的に何かとなりますと、いろいろはっきりしません。
普通に、また、最高裁の判決でも不合理な差別はいけない、

言いかえれば何か正当な根拠があれば違いを設けてもよいということです。


5 :差別懐疑派 :04/05/18 10:23
>>2に示したように、
まず、差別には意味が2種類あり、

一般に差別問題と呼ばれて、問題にされるのは
(2)の方の意味だと言える。

今後混乱を招かないように、本スレで俺が使う”差別”の意味は
(2)の意味という事で統一することにする。

(1)の意味で差別という言葉を使う場合は”合理的差別”と呼ぶ事にする。
因みに合理的差別は>>5に示したとおり、法的に容認される。
考え方は>>3に要約されていると考えてよいだろう。


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